
じめっとうっとうしい梅雨の季節。
そんな時期にあって、ふと目にする色鮮やかなアジサイの花々。やさしい気持ちにしてくれる、癒しの花だ。
さっとスマホやカメラを取り出してパチリと一枚。しかし撮った写真を確認すると、なんかイマイチ。やっぱり目で見た方がいい、なんて経験はないだろうか?
実はこれ、あなたの腕のせいとも言い切れない。アジサイは「花が多すぎる」。密集した花房が画面を埋め尽くし、何が主役なのかわからなくなる。カメラ初心者ほどハマりやすい、厄介な被写体なのだ。
そこで今回は、千葉県松戸市にある「あじさい寺」こと本土寺を訪ねた撮影記を交えながら、梅雨の主役を魅力的に撮る方法を書いてみたい。
ついでに——この花に纏わる、ちょっと驚く話もいくつか添えておく。
👉 この記事の目次(クリックで開閉)
- 実は、長いこと嫌われていた花
- 本土寺へ
- ① 主役を1つ決める——「全部撮ろう」が最大の失敗
- ② 背景を「引き算」する
- ③ 曇りや雨の日こそ「アジサイ日和」
- ④ 前ボケで「奥行き」をつくる
- ⑤ 露出補正を味方にする
- ⑥ 水滴を狙う——オールドレンズで覗くマクロの世界
- 海を渡り、ゴージャスに変身して帰ってきた花
- 撮影の設定メモ
- さいごに——千年のリベンジ
- 今回の撮影で使ったもの
実は、長いこと嫌われていた花
撮り方の話に入る前に、少しだけアジサイの身の上話をさせてほしい。
今でこそ梅雨の主役として愛されるアジサイだが、歴史を遡ると、日本人はこの花を長いこと冷遇してきた。奈良時代の『万葉集』に詠まれたのはわずか2首。平安時代の『源氏物語』にも『枕草子』にも、一切登場しない。
理由は単純で、色が変わるから。土壌の酸性度によって青にも紫にもピンクにも変化するアジサイは、「移り気」「浮気」を連想させた。武家にも商人にも嫌われ、江戸時代の園芸ブームでも見向きもされなかったというから、なかなかの不遇っぷりだ。
風向きが変わったのは、意外にも戦後のこと。各地の寺院が、檀家の減少に悩みながら観光資源を模索するなかで、「挿し木で簡単に増やせて、手入れもラク。梅雨を華やかに彩れる」——そんな極めて現実的な理由からアジサイを大量に植え始めた。こうして「あじさい寺」が全国に誕生し、一躍人気の花となったのだ。
千年以上も冷遇されてきた花が、たった数十年で日本の初夏を代表する存在になった。アジサイの歴史は、なかなかドラマチックだ。
本土寺へ
梅雨の晴れ間、満開のあじさいを狙って本土寺を訪ねた。
北小金駅から参道を歩くこと十数分。まだ10時前だというのに、参道を行く人は多い。いつもなら仁王門をくぐって受付に向かうのだが、この日はロープが張られ迂回を促される。仁王門の瓦の落下の危険があるらしい。

本土寺は何度か訪れているが、仁王門を迂回する道は初めてだ。迂回路にもあじさいは咲き誇っていて、普段通らない道の新鮮さに気づき、なんだか得した気分になる。さっそく参拝料500円を払い境内へと足を踏み入れる。
境内には約5万株ものあじさいが咲き誇り、すでに多くの人でにぎわっている。
ここは鎌倉時代の1277年に日蓮宗の古刹として開かれた寺だ。五重塔が静かに空へ伸び、徳川家康の側室の墓所があり、境内の石に刻まれた松尾芭蕉の句碑を足元に見ながら歩けば、小林一茶が通った句会の記録まで残っている。歴史の層が、アジサイの下にそっと積み重なっている場所だ。
だがこの日の主役は花だ。五重塔とアジサイが絡む構図を一枚押さえてから、ファインダーを覗きはじめる。

① 主役を1つ決める——「全部撮ろう」が最大の失敗
本土寺に限らず、アジサイの名所に着くと、つい圧倒される。どこを見ても花、花、花。「すごい!全部撮りたい!」——この気持ちは痛いほどわかる。だが、これこそが罠だ。
アジサイ撮影の失敗で最も多いのは、何を見せたいのかわからない写真になること。花が密集しているから、全体を写すとどうしても散漫になる。
やるべきは逆だ。花房をひとつだけ選ぶ。 一輪だけに注目する。あるいは、ひと粒の水滴だけに狙いを定める。
主役が決まると、写真は驚くほど変わる。

② 背景を「引き算」する
主役を決めたら、次は背景の整理だ。
アジサイを撮ってイマイチになる原因の多くは、背景にある。後ろのアジサイが主張しすぎたり、葉っぱがうるさかったり、柵や看板が写り込んだり。主役がどれだけ美しくても、背景が散らかっていれば台無しだ。
対策はシンプル。
- 望遠側で撮る。 背景が圧縮されて整理しやすくなる。55-200mmクラスのズームがあれば、アジサイ撮影では最も失敗が少ない。
- F2.8〜F5.6で背景をぼかす。 余計な情報が消えて、主役だけが浮き立つ。
- 立ち位置を変える。 たった一歩横にずれるだけで、背景から邪魔な要素が消えることがある。
「撮る」前に「引く」。これだけで写真の印象は劇的に変わる。

③ 曇りや雨の日こそ「アジサイ日和」
アジサイ撮影のベストコンディションは晴天ではない。 曇りの日、さらに言えば「雨上がりの曇り」が最高だ。
理由は明快。
- 光が柔らかく、花の色が飛ばない。 晴天の直射日光はコントラストが強すぎて、アジサイの繊細な色彩が白飛びしやすい。
- 水滴が美しい。 花びらや葉に残った雨粒が、写真に瑞々しさを加えてくれる。
- 人が少ない。 有名スポットでは、これが地味に大きい。
本土寺を訪ねた日は、前日の大雨とは打って変わってよく晴れていた。しかし境内は日陰が多く、お寺全体がしっとりとした空気に包まれて、アジサイの色がより深く見える。天候に大きく左右されないのが、ここ本土寺のいいところだ。

④ 前ボケで「奥行き」をつくる
一輪構図に慣れてきたら、次に試してほしいのが前ボケだ。
手前にある花をわざとぼかして、奥の花にピントを合わせる。たったこれだけで、写真に立体感と空気感が生まれる。平面的になりがちなアジサイ写真を一段上のレベルに引き上げてくれるテクニックだ。
コツは、花と花の「隙間」を探すこと。密集したアジサイの群生の中に、少しだけ間隔が開いている場所がある。そこにカメラを構えて、手前の花房を前ボケとして使う。望遠レンズなら、前ボケと主役の距離差をつけやすいので特にやりやすい。
もうひとつ——「しゃがむ」だけでも写真は変わる。立ったまま見下ろすように撮ると、すべてが同じアングルになる。しゃがんで目線を花と同じ高さにすると、背景が変わり、光の入り方が変わり、まったく違う一枚が生まれる。

⑤ 露出補正を味方にする
アジサイは色のバリエーションが豊富だが、カメラ任せの自動露出だと、思った色にならないことが多い。特に白いアジサイはカメラが明るさを抑えようとして灰色っぽく写りやすく、逆に濃い青や紫はくすんでしまうことがある。
対策は簡単だ。
- 白い花 → プラス補正(+0.7〜+1.0EV) で、透明感のある白を取り戻す。
- 濃い青や紫 → 少しマイナス補正(-0.3〜-0.7EV) で、色の深みを引き出す。
どちらも大幅な補正ではない。カメラの露出補正ダイヤルをほんの少し回すだけ。それだけで、目で見た色に近づく。
ホワイトバランスを「曇天」に設定すると、曇りの日にありがちな青みがかったくすみを補正して、暖かみのある自然な発色になる。RAW撮影ができるなら、後からじっくり調整するのもいい。

⑥ 水滴を狙う——オールドレンズで覗くマクロの世界
雨上がりのアジサイを撮るなら、ぜひ試してほしいのが水滴のアップだ。
花びらの上に乗った雨粒にピントを合わせると、透明な球体の中にアジサイが映り込んでいたり、光がキラキラと反射していたり——肉眼では気づけなかったミクロの世界が現れる。
ただし、水滴撮影はAFが迷いやすい。花の細かいパターンに翻弄されて、ピントが行ったり来たりする。こういうときはMF(マニュアルフォーカス)に切り替えて、自分の目で合わせるのが確実だ。X-S10ならDMF(ダイレクトマニュアルフォーカス)も使いやすい。AFで大まかに合わせてから、フォーカスリングで微調整できる。
このMFで追い込む作業が、実はオールドレンズと相性がいい。今回の撮影では、マウントアダプターで装着したオールドレンズも使った。もともとMF専用だが、現代のレンズとは異なる独特の柔らかさと周辺の滲みが、アジサイの湿った空気感と妙に合う。こういう被写体には、必ずしも最新鋭のレンズが正解というわけではない。

マクロレンズがなくても、クローズアップレンズ(マクロフィルター) をフィルター代わりにねじ込めば、手持ちのレンズでもかなり寄れるようになる。数千円の投資で、撮れる世界がぐっと広がる。詳しくは記事末尾に書いた。
海を渡り、ゴージャスに変身して帰ってきた花
ここで、アジサイの話をもうひとつ。
日本ではアジサイといえば「梅雨」「お寺」「少し切ない情緒」——そんなイメージだと思われる。ところが海外に目を向けると、この花の扱いは180度違う。
ヨーロッパでは、アジサイ(ハイドランジア)はバラと並ぶウェディングの花だ。豊かなボリューム感が華やかな空間演出にぴったりで、花嫁のブーケや披露宴のテーブル装花として絶大な人気を誇る。フランスのブルターニュ地方では街中が青いアジサイで埋め尽くされ、ポルトガルのアソーレス諸島は島全体がアジサイの生垣で覆われることから「ブルー・アイランド(青い島)」と呼ばれている。
面白いのは、これらの華やかな品種の多くが、実は日本原産のガクアジサイをヨーロッパで品種改良した「逆輸入品」だということだ。
日本生まれなのに、日本では千年間冷遇され、ヨーロッパで華やかに変身して帰ってきた。なんとも数奇な運命の花である。
この話を知ってからというもの、アジサイを撮るときの気持ちが少し変わった。しっとりと撮るだけがアジサイじゃない。 思い切って露出を上げて、明るく撮ってみる。「ゴージャスな夏の花」として切り取ってみる。同じ花でも、まったく違う表情が見えてくる。

撮影の設定メモ
参考までに、本土寺での撮影設定を書いておく。 これらは、あくまで当日の一例で、光の状況や狙いによって実際はかなり変わる。参考程度に見てほしい。
花房ひとつを切り取る(一輪構図)
- Aモード / F4 〜 F5.6/ ISO AUTO(主役の輪郭をしっかり残しつつ、背景を優しく溶かす範囲で調整する)
- 望遠側(100〜200mm相当)
- シングルポイントAF
- フィルムシミュレーション:クラシッククローム(お寺の渋みを出したいとき) or ASTIA(花の発色を鮮やかにしたいとき)
群生を風景的に撮る
- Aモード / F8〜 F11 / ISO AUTO(手前から奥までシャープに写し込みたい。ただし、少し背景をボカして主題を浮き立たせたいときはF5.6あたりまで開けるのも正解)
- 広角〜標準域
- 露出補正 ±0 〜 +0.7
水滴のアップ
- Aモード / F4〜F8(近づくほどピントの合う範囲が極端に狭くなる。水滴の球体全体にピントを合わせたいときは、あえてF8付近まで絞り込むのがコツ)
- 望遠側 or マクロ
- MF or DMF で精密にピント合わせ
さいごに——千年のリベンジ
万葉集でわずか2首。源氏物語にも枕草子にも無視された花。「移り気」だと嫌われ、江戸の園芸ブームにも乗り遅れた花。
それが今や、梅雨の主役として全国の寺院を彩り、海を渡ったヨーロッパでは結婚式の主役に、ポルトガルでは島の名前にまでなった。そして現代の科学でも、なぜ食べると毒なのかが解明されていないという、小さなミステリーまで抱えている。
千年の不遇を経て、これだけ鮮やかに咲き誇れる花が、他にあるだろうか。
本土寺の境内を歩きながら、一輪また一輪とファインダーを覗く。青、紫、ピンク、白——色とりどりの花房が、曇り空の下で静かに、でも確かに存在感を放っている。その姿をカメラに収めるのは、なかなか贅沢な時間だと思う。
次の雨上がりにでも、カメラを持って出かけてみませんか。
今回の撮影で使ったもの
マウントアダプター
オールドレンズをミラーレスに装着するために必要なのがマウントアダプターだ。レンズ側とボディ側のマウント規格さえ合わせれば、数十年前のレンズが今のカメラで使える。電子接点なしのシンプルなものでも、絞りとフォーカスが使えれば撮影には十分だ。
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クローズアップレンズ(マクロフィルター)
マクロレンズなしで水滴や花の細部に迫れる、手軽な選択肢。フィルター径が合うものをレンズの先端にねじ込むだけで最短撮影距離が縮まり、驚くほど寄れるようになる。No.1〜No.4などの倍率があり、数字が大きいほどより近づける。複数枚重ねて使うこともできる。
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※ 撮影機材:FUJIFILM X-S10 / オールドレンズ(マウントアダプター使用)他
※ 撮影地:本土寺(千葉県松戸市)